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2012年5月14日 愛車の洗車。 [クルマ]

c5_wash.jpg
Nikon D800 AF-S24-70mm

洗車したのである。
ま、もっとも、洗車したのは三日前の出来事であったりするのは、いつものことである。

幼い頃内外の車の名前を諳んじていたほど車好きである。戦闘機の名前やピストルの名前も同様であったから、タダのメカ好きなのかもしれないが、兎も角クルマ好きなのは確かだ。したがって走ったり眺めたり弄ったりは当然大好きなのである。

ただ、洗車は嫌いだ。洗車をと意気込むと何故か体が鉛のように重くなるのだ、勿論、面倒くさいので勝手にそう感じているだけで病気な訳では無い。果たして玄関脇に野ざらし駐車の我がCITROEN C5 tourerは”何時も”ボディカラーが少しくすんでいるのであった。花粉だったり黄砂だったりと忌々しいことに駐車しているだけでもクルマは汚れる、しかも最近の異常な荒天が汚れを固着している、不思議にも何処からともなく泥汚れまで運んでくるのである。さすがに乗ってしまえば見えないと言う、都合のいい屁理屈にも使用限度を感じ洗車を決意したのは土曜の夕刻近くの事であった。

スマートフォンの天気予報アプリで翌々日、つまり今日までの晴天を入念に確認して洗車を実行した。何しろ、いつも、マーフィの法則の実践のように、洗車の翌日ひどい時にはその夜に雨に降られる事が多かったのである、計画実行にはそれなりのリサーチは重要なのだ。因みに最近TVで頻繁に流れるアプリ取り放題399円というauのCMがよく解らない、android系のアプリはそれこそ無数に無料のアプリがダウンロードし放題だろうに何故わざわざ声高に利点のように言うのだろう、しかも有料で。

それはさて置き、日が伸びたとはいえ加速する落日に追われながら洗車は出来た。シャンプーも使ったと自慢したいところではあるが、一通り表面を洗っただけである。しかし、ブレーキダストで汚れの酷いホイールも洗って十分新車全とした見栄えは満足である。洗車の苦痛から逃れるため購入と同時に施したコーティングは既にその効力は失っているはずだが洗車する度に美しさは蘇る。思えばBXもXantiaも塗装の劣化は少なかったように思う、特にパール系の塗装となった先代C5から更にシトロエンの塗装品質は向上しているように感じる。贔屓目かもしれないが野ざらし駐車のユーザーの実感なのである。

天気予報アプリの御託宣通り晴れが続いた日曜日の昨日、前向きなことに車内の掃除も敢行した。と言ってもシートをウエットティッシュ状のクリーナーで拭いただけな体たらくである。

マチナルと呼ばれる明るいグレートーンの内装を注文時選択した。BX16TRSが赤の外装にグレーの内装だったことを除くとBX GTiもXantiaも赤の外装には黒の内装がセットされていた、先代C5で組み合わせに自由が得られ再び明るい内装を選択し現有車もそうしたのだった。ただ明るいグレーは当然のように汚れが目立つのである、起毛したモケットの先代はあまり気にならなかったが、ふんだんに奢られたグレーの革の現行C5の内装がやや茶色を帯びていることは無視できない。フォトグラファー的にはMっポイ!とでも言っておこう。兎も角、黒いステアリングホイールはまだしもシフトノブやアームレストは明確にMっポイのである、シート表面を含め経年による日焼けも有るであろうが強く擦るとウエットティッシュ状クリーナーに汚れが移るの事は確かだった。

本来A型血液気質で豆に徹底的な掃除をするところであるが、やはり夕刻に始めた掃除は日没を言い訳にさっと一回りシート表面を拭いて終わるのではあったが三日目の今日も綺麗を維持している”愛車”に充足感は高い。

先日京都であった無免許での居眠り運転での悲劇のご遺族に危険運転で立件できなかったことの説明が行われるという報道があった。法律の限界と矛盾は第三者の目からも理解しがたい、免停や失効ならともかく一度も免許を手にしていない運転が何故危険運転にならないのであろうか、どうしてこれが「事故」なのか納得出来ない。さらには、無免許つまり運転する技能のお墨付きも無い相手に愛車を貸せる人物の感覚も更に理解不能なのである。

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